top of page
【D-3】恋は甘くて苦くて熱くて冷たいことを知った



 じぃ、じぃ、じぃ、じぃ

 天球の最も高いところに君臨する太陽を讃えるように、蝉達の声が響く。降り注ぐ日差しは灼熱を伴い、もはや生命に対する加護なのか試練なのか分からなくなっている。真っ直ぐに伸びているはずの木々も何だか歪んで見えそうな中、僕はひたすらに座禅を組んでいた。
 僕の泣き癖を治す為に始めた精神修行。修行自体はもちろん、師匠である空却さんの横暴さにも慣れてきた。ぽたぽたと流れ落ちる汗は気持ち悪いけれど、目を閉じたまま平常心を保っていられるようになったのは成長だと思う。精神を統一して五感を己の内へ内へと向ける。己と世界との間を薄絹で幾重にも隔てていくイメージを重ねれば、心は静謐の海へと沈んでいく。意識を深く沈める程に我が魂は磨かれる。それはやがて、オリュンポスの頂に坐すゼウスの雷槌の如き輝きを放つであろう。
「修行頑張ってんな。お疲れさん、アイス買ってきたけど食うか?」
瞑想により磨かれし我が崇高なる精神は、甘美なる音の波が鼓膜を震わせようとも微塵も揺らぐことは…………え?今の声は?
「ひ、獄さん!?来てくれたんすか?嬉しいっすー!!」
少し離れた場所から聞こえた声に思わず飛び上がってしまう。どんなに修行を積んだって、大好きな獄さんの声に無反応でいるなんてできるはずがない。むしろ集中していたからこそ獄さんの声がよく聞こえたのだろうから、これも修行の成果だと思う。
 パシーンッ!
乾いた音と同時に肩に鋭い痛みが走る。
「いっっったーーーーい!何するんすか!」
「なーに勝手に座禅解いてんだ!警策くらうのは当然だろうが。さっさと戻らねぇともう一発お見舞いすんぞ!」
そう言って警策を振る空却さんの動きは、もはや剣道の素振りのようになっていて、僕は慌てて獄さんの背中へと逃げ込んだ。
「獄さん!助けてくださいっすぅぅ」
僕よりも少し小さな背中にくっつくと、汗と香水が混ざった匂いがする。この暑さでは獄さんのトレードマークであるライダースジャケットも出番がないらしく、薄着になった分いつもより強くなった匂いを感知した脳の奥がじりっと痺れる。
「こら十四、暑いからくっつくんじゃねぇよ。そんで空却、アイスやるから落ち着け」
 獄さんはまるで虫を追い払うみたいにしっしっと僕に向かって手を振ると、ぶら下げてきた保冷バッグを差し出した。空却さんと二人で覗き込めばコンビニで売っているアイスが何種類も入っている。市街地よりマシとはいえ、エアコン無しで耐えていた僕達は思わず顔を見合わせにっこりと笑いあった。
「好きなの選べ。残ったやつは寺の皆さん用に冷凍庫に入れろよ」
そう言うと、獄さんは日の当たらない縁側に腰掛け煙草に火を点けた。寛いでネクタイを緩める仕草はとてもセクシーで、つい見惚れてしまい空却さんに小突かれてしまった。
「お前はどれにすんだよ。さっさと選ばねぇと全部溶けんだろうが」
 空却さんに急かされ僕が手に取ったのはソフトクリーム型のアイス。チョコとバニラのミックス味。
「十四、またそれかよ。お前ミックスソフト好きだなぁ」
獄さんの楽しそうな声が聞こえて胸が弾む。僕がこのアイス好きだって覚えててくれたんだ。にやけそうになる顔を必死で抑えながら蓋を外し、くにゃりと曲がったアイスの頂きを口に含む。バニラの甘さとチョコのビターな香りに目を細める。
 僕がこのミックスソフトを選ぶ理由はとても単純。僕が恋い焦がれているバイカラーだから。甘くて、ひんやり冷たいところも心地好くて、喉を通ると幸せな気持ちになる。今はまだミックスソフトだけど、いつか本物を食べる日を夢見てるんだ。本物はきっと、もっと、ずっと甘いんだろうな。
 十四歳で恋をして、今日までたくさんの事を知った。雨の日に空を覆い尽くす重たい雲も獄さんの髪の色だと思えば輝いて見える。春の公園で見つけた菫は柔らかな芝と並んで獄さんの優しい瞳になる。街中に漂うコーヒーの匂い。裁判や法律という文字。獄さんと同じ車種のバイクのエンジン音。どんなに些細な事でも良い。日常の中に好きな人の面影を見つけては、胸がときめいた。恋がもたらす光は僕を照らし出すスポットライトなんだ。



「お前はもう少し考えてから行動しろっつってんだよ!」
「ああ?兵は神速を尊ぶっつうだろうが!」
「戦じゃねぇんだから兵法使おうとすんな!」
木々の間を風が通り抜ける涼やかな音を掻き消し、獄さんと空却さんは口喧嘩に夢中だ。ボルテージが上がる毎に二人の距離は近くなっていく。あぁ、もうおでこがくっつきそう。
「いい加減にしねえと訴えるぞこのクソ坊主見習い!」
「いい加減にするのはてめえだ吝嗇弁護士!」
 何がきっかけだったのかも分からなくなってしまったこのやり取りは、二人にとってじゃれ合っているようなものなんだろうな。僕が獄さんと出会うより早く結ばれた縁。空却さんが一時期イケブクロにいた分、僕のほうが獄さんと過ごした時間は長いはずなのに、僕が知らない二人の時間があると思うと心臓がちりちり灼ける。さっきまであんなに甘くて美味しかったミックスソフトが、今は酷く重たくなってしまった。
 ねぇ、獄さん。恋って、きれいなだけじゃないんですね。あなたを好きになればなるほど世界は輝いて見えるのに、心の真ん中が熱く苦しくなっていく。こんなにそばにいるのに寂しい、痛い、辛い。恋というスポットライトが眩しくなればなるほど、生まれる影は暗くなるし、光がもたらす熱は高くなる。嗚呼…………


あなたがくれたアイスもどろどろに溶けてしまう


「……い!おい十四!どうした?大丈夫か?」
 文字通り空却さんと額を突き合わせていたはずの獄さんが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。握りしめていたミックスソフトはすっかり溶けきって、足元で薄茶色の水溜りになっていた。ベタベタする両手の中で潰れたコーンは、気持ち悪くて、甘ったるい匂いを漂わせていた。



 

使用したお題(複数選択可)・・・アイス, あつい

いつもと文体、話の雰囲気などを・・・少し変えている

一言コメント・・・第2回1418利き小説開催おめでとうございます!片想い中の十四君のお話なので、少し暗い描写が入ってしまい申し訳ないです。恋の楽しさと苦しさを知る十四君を感じていただければ嬉しいです。

備考(作品の注意事項など)・・・獄さんに片想い中の十四君のお話です。

作者・・・竹取

いつもと変えたところ、意識したところなど(自由回答)・・・前回、私の文章の特徴として挙げられた『』を使わないようにしました。ほかももっと変えてみたかったのですが、残念ながら私の技量ではそんな器用な事はできませんでした……。
あとはもう、タイトル!悩みに悩んで、迷走したまま終わってます。皆さんどうやってオシャレなタイトルをつけてらっしゃるのか聞きたいですね。

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2021 by マイサイト。Wix.com で作成されました。

bottom of page