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【B-5】嫌気

使用したお題(複数選択可)・・・日焼け

いつもと文体、話の雰囲気などを・・・ほとんど変えていない

一言コメント・・・がんばって書きました。

備考(作品の注意事項など)・・・なし


 四十物十四は、立ち尽くしていた。
 掃除のために開け放した窓。夏の強烈な西日がわずな風に揺れるカーテンの隙間からチラチラと差し込む。
 自分の家ではないからこそ、余計なことはしないようにと気をつけていたつもりだった。手を付けるところがないくらいすでに整理整頓されきった部屋。それでも自分にできることはないかと考え、普段の掃除では行き届かないような場所の埃を払ってみることにした。何かとこだわりの強い家主もそれくらいはきっと許してくれるだろう。あわよくば、褒めてもらいたい。
 近所の薬局でふわふわのついたハンディサイズの掃除道具を調達し、家主が帰ってくる前にあちこちを丁寧に埃を拭き取っていた——だけだったのに。

 それは、飾り棚に並べられた本の向こう側に伏せられていた。他のものと比べてもあまり埃をかぶっていなかったからか気になって手を伸ばしてみれば、軽々と取リ出すことができてしまった。
 シンプルな黒い写真立て——中には、日に焼けた薄ぼんやりとした色彩の世界のなかで、見た目が似ている二人の少年が屈託なく笑っている写真が入っていた。
 体格、髪型、服装、面影。見分けがつかないというほどではないが、血の繋がりを確かに感じる風貌。
 そして、一方の少年の右目尻には、見覚えのあるほくろがあった。

 これは、自分が見てはいけないものだ。
 早くしまえ、と心が警告する。
 それなのに、目を離すこともできず、写真を手に動けなくなってしまった。
 吹き出た汗が首筋を伝う。じっとりとした生ぬるい風が、それにまとわりつくように撫でていった。

「ずるいっすよ」
 そう口から言葉が漏れ出た途端に、思わず胸のうちを吐き出してしまったことに対する羞恥と嫌悪が湧き上がってくる。なんてことを思うんだろう、自分は。
 あの人がこのもう一人の少年に強い想いを寄せ続けていることなんてわかりきっていることなのに。
 生きている人間は死んだ人間には勝てない——なんてことを言っていたのは何だったか。そのことに息苦しさを覚える自分に、どうしようもなく嫌気が差す。
 思考の引き金は引かれてしまった。わずかな火種でも途端に燃え広がり、心が乱れていく。
 自分のなかで何か強い感情が暴れていることだけは、わかる。けれども、それが何かわからない。ただ焼き付くようなヒリヒリとした感覚が支配していった。
 フレームを握る手が汗ばむ。
 いやだな、こんな気持ちのまま会うのは。
 適当な言い訳をして帰ってしまおうか——そう考えたとき、涙でぼやけた視界にいつも持ち歩いているギターケースが目に入った。
 
 手にしていたものをひとまずリビングのローテーブルの上に置き、ケースの中からギターを取り出した。そのまま座り込み、簡単にチューニングを済ませて思いつくままに掻き鳴らす。
 結局、自分にはこれしかないのだ。
 上手く吐き出せないものを音にぶつける。
 自然と口からもメロディが紡ぎ出されていく。
 歌詞はない。でたらめな単語を並べた外国語まじりのハミング。
 彼のなかで生き続けるその人に、自分も想い寄せながら奏でる。時に手を止め、弾き直し、また音を紡ぎ出す。その姿はひどく不器用だったが、少しずつ音が形を為していく。
 きっとこのギターのなかでもその人は生き続ける。自分が、そう願えば。
 机に置いた写真の中にいるこのギター本来の持ち主を見つめる。この写真が色褪せていくたびに、あの人は、きっと——
 思い出はどうか色褪せないように。でも、辛い記憶はあまり思い出さないように。
 その存在は、足枷ではないのだから。
 すべてを歌にして紡げば、大丈夫なように。

 夕暮れの涼しさを帯びた風が頬の涙を乾かした頃には、波風立っていた心も凪いでいた。
 すっかり暗くなってしまった部屋のなかで、ふと我に返る。
 窓の外の空にはまだ色が残っていたが、薄紫が深い青に染まりはじめていた。
 いけない、まったく掃除が進んでいない。
 出来上がりつつあった曲を仕上げてしまいたかったが、今だけは掃除が優先だ。この写真立てを見つけてしまったことを、家主にバレるわけにはいかない。それに部屋をちゃんと綺麗にしておきたい。今日は、褒めてもらいたいのだ。
 ギターをケースにしまって、写真立てを元あった場所に返す。少しだけより手の届きにくいところに置いたのは、わずかながらの仕返しだ。これくらいは許されるだろう。
 ふわふわの掃除道具を手に、さっき作った曲を口ずさむ。
 なかなかいい出来栄えだ。歌詞もつけたら聴いてもらおう。
 窓ガラスには夜の街明かりと一緒に自分のにやけた顔が映っていた——うん、もう大丈夫。
 夕食は一緒に食べられるように帰ると言っていた言葉を信じて、掃除を再開した。


 

作者・・・瀬田

いつもと変えたところ、意識したところなど(自由回答)・・・ありのままの恥ずかしい自分のままです。日本語ムズカシイ。

今回の作品のお気に入りポイント(自由回答)・・・なんとなく韻が(iae)になる単語を散りばめました。楽しかったです。
対したことしていませんが、お暇な方は探してみたください

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