【B-1】本当は獄さんに塗るのを手伝ってもらいたかった。
使用したお題(複数選択可)・・・日焼け, あつい
いつもと文体、話の雰囲気などを・・・ほとんど変えていない
一言コメント・・・参考作品の文体が参考になるか分かりません!!笑 推理の場を面白く乱せたらいいなと思っています
備考(作品の注意事項など)・・・最後が少しだけモブ視点になります。
その日のナゴヤディビジョンは三十七度を超える猛暑だった。
祝日の商店街だと言うのに道を行き交う人の数が少ないのは、極力外に出たくないという理由で皆全会一致だろう。セミの声も心做しか元気が無い。
「はぁ、あつぅ……」
夏の風物詩であるその生き物に元気が無いのなら、細身で色白、長髪、キャップ、薄手の長袖に身を通した四十物十四なんてもっとだめだ。
「お前、それ脱げばいいじゃねぇか」
十四のすぐ隣で天国獄がため息をついた。そう言う獄の方は半袖のシャツで炎天下に腕を晒している。
「だってぇ……こんな強い日差し絶対直接体に当てちゃいけないっすよ、はぁ、顔も首も手も全部隠したいぃ」
「どこの民族になろうとしてんだ……日傘買うか?というかまぁ、こんな暑い日に外歩くような予定立てたのが間違ってんだがな」
「日傘は欲しいけどちょっと高いっす……でも仕方ないっすよね、自分たちの休みが今日しか……はぁ」
目的地は十四が前から訪れたいと言っていたアクセサリーショップだった。その店は駐車場がない路地の一角にあり、途中で商店街を通ったりカフェを何件か通り過ぎたり、歩いて観光するにはもってこいの場所ではあるのだが。
二人が予定を決めた時に見た天気予報では、今日がここまで晴れて暑くなるとは言われていなかった。
「確かに今日くらいしか出かけられそうに無かったからな。でも無理すんなよ?倒れたらそれこそ折角出かけたのが台無しだろ」
十四の息が荒いのを気にして獄がそう言うと、隣から「えへへ……獄さんやさし」と小声が聞こえた。
「確かに、日焼け断固拒否とはいえ、獄さんの言う通り長袖は無理があるっす。長袖を貫いてバテたら休憩しなきゃいけなくなる、さっきお昼食べに喫茶店で長居したばっかりなのに……だから脱ぐべきなんだけど、でも、」
十四の独り言が、自分でも聞き取りづらいほどごにょごにょした自信のない語りになっているのにはとある理由があるのだが、獄はそんな事を知る由もない。
「なにぼそぼそ言ってんだ十四、聞こえん。休憩したいか。あそこにコンビニがあるから───」
歩くスピードも十四の方が少し遅くなっているため、獄が十四の顔色を確認するには首を後ろに向けなくてはならなかった。
ちら、とこちらに視線を送る恋人の、隠しきれていない心配そうな目の色を確認して、十四は決めた。
「じゃあ獄さん、ちょっとあのコンビニのトイレ行ってくるっす、獄さんも店内で涼んで待っててくださいっす!」
「あぁ。ん?トイレってお前さっきの喫茶店で行ってなかったか」
十四の姿はもう前方に小さくなっていた。暑さにバテてたんじゃなかったのか……?と獄は怪訝そうに首を傾げ、走って入店した十四とは対照的に緩慢な動作で自動ドアをくぐる。途端に、冷気が獄の露出した腕をなで上げた。
「っと……冷やしすぎじゃねぇかここ」
しかし外の猛暑を考えるとまるで楽園だ。一度入ってしまうと一生外に出たくなくなる。
「日焼けしねぇ為にあそこまでやせ我慢する理由が俺にはわからんな……」
ただ、十四も一応人の前に見せ物として立つ仕事をしている。常に美しい自分の姿を追求している彼にとって、日焼けや紫外線が強敵であることは獄にも想像が着ついた。
店内を見て回り、制汗剤や日焼け止めの並ぶ棚の前で立ち止まる。十四の事だから当然日焼け止めは塗っていたんだろうが、あの露出を拒否した格好からしてあまり日焼け止めを信用していないのだろうか。その辺りも獄にはよく分からなかった。SPFとか。獄は自分が暑さに強い方であることは自覚している。そして毎年夏場には、腕時計や半袖の跡が自分の体に刻まれる事も知っている。十四がいくら────恋人がいくら騒いでも、無頓着なものは無頓着なのだった。
雑誌コーナー側を向くと、窓から外の灰皿が少し見えた。手持ち無沙汰なので一服したい所だが、流石に自ら進んで三十七度超の世界に出ていくほど暑さを好むわけでは無かったし、暑さより煙草が優先される状況でも無かったので獄はそのまま適当な雑誌に手を伸ばした。十四ももうすぐ戻ってくるだろうし。
「……遅ぇなあいつ」
腕時計を見るとこのコンビニに入ってから十分が経とうとしていた。化粧でも直しているのだろうか。獄は別の雑誌を手に取る。
「……何やってんだ?」
さして内容が頭に入らないまま三冊目の雑誌のページをめくる。普段自ら読むことのない、下らないゴシップ記事が羅列された薄い週刊誌だった。それでも無性に、獄はページをめくって記事を読み込む。途中から視線をしきりに店内の右奥へ向けながら。
「……」
意識はもう手元の雑誌にこれっぽっちも向いていなかった。腕時計を見る。店に入ってから十五分は過ぎていた。携帯を見ても何の連絡も入っていない。
「……どうした」
逡巡した末、獄が雑誌を置いて店内のトイレがある方向へと足を運ぼうとした時、扉が閉まる音と同時にコツコツと聞きなれた靴の音が聞こえてきた。
「獄さん!すいませんお待たせしたっす、あの」
無意識に緩んでいた獄の口元は次の瞬間引きつった。「遅ぇぞ何してたんだ」と十四に話しかけようとして、顔をあげたまま、固まる。
「お、お前……そのカッコ……」
続きの言葉が出てこない。言葉を巧みに操る弁護士の語彙力はどこへやら。
「実は……その、今日寝坊してて」
「……ぁあ?今んなこと白状しなくていいだろ俺は今のお前の服が」
「ちゃんと説明するから聞いてくださいっす!……で、寝坊して慌ててたんで日焼け止め体に塗る時間が無くて。それで仕方なくパーカーで日焼けしないようにしてたんすけど」
十四は獄に近づいて、獄の右腕を掴んだ。真っ白で、細くて、それでも男性的な筋が浮き出た“腕が全部”はっきり見える。
「これ……この服、おろしたてなんすよ。凄く暑い日に着ようと思って買ってたやつで。自分、普段こんなに腕出したりしないんすけど、今日獄さんとお出かけするのにぴったりだと思って。それなのに自分の失態のせいで堂々と着れないなんて恥ずかしくて、もう今日はずっとパーカーでいいやって思っちゃってて……でも獄さんが自分を気遣ってくれるのにそこで意地張ってちゃダメだと思って急いでトイレで日焼け止め塗ってきたんす」
なるほど、それなら長時間トイレに籠らなきゃいけないのもわかる。なぜなら日焼け止めを塗らなくてはならない面積が多いからだ。そう。
「……いきなり布面積少なすぎねぇk」
「どうっすか?これ!個人的にこの背中のあみあみの刺繍がめちゃくちゃかっこいいと思うんすけど」
「いや全身あみあみじゃねぇか!!」
十四がパーカーの中に隠れて着ていたその服には袖がほとんど無く、背中や肩まわり、脇腹や胸の下に網目の刺繍が散らばっており、肌が透けて見えるものだった。ご丁寧に腹の辺りの裾が切り込まれていたりもして。
「これは夢紛の衣装も手がけたことのあるブランドの夏の新作でこれの上にこういうストールとか巻いてこういうアレンジとか」
「……」
十四が嬉々として自分の服について語っているのを見て、獄はなんとも言えない気持ちになる。お前その格好で俺の隣を歩こうとしてるのか、と喉元まで出かけたが生唾と一緒に飲み込んだ。元気そうで、純粋無垢な満面の笑みを浮かべた十四。スリットや刺繍からちらちら見える薄い肌色────
「……ほら」
「ん?」
獄はビニール袋を十四に手渡し、「準備できたなら行くぞ」と扉へ向かって歩き出した。
「えっ……?あ、ちょっと獄さん!」
走りかけた十四は一瞬立ち止まり、ビニール袋の中身を確認して目を白黒させてから慌てて獄を追いかける。
────なんだか変な客が来たなぁと、何となく店員が目で追った先には、白い肌色の腕と少し焼けた肌色の腕が、ひとつの傘の下でくっついていた。
焼けた腕の男が嫌そうに離れようとしてそれが叶わず、二人は道をどんどん斜めに進んでいく。
視線を空になった商品棚に戻し、店員は倉庫から、真っ黒で何の変哲もない晴雨兼用傘を数本取り出した。
作者・・・びゃくや
いつもと変えたところ、意識したところなど(自由回答)・・・獄の“無意識下で”働いてしまう十四への態度みたいなものを意識しました。と言えば格好いいですが小説自体久しぶりに書いたのでお話を繋げていくことに必死でした!
今回の作品のお気に入りポイント(自由回答)・・・十四くんも特別に暑さに弱いわけでもないというところ。ナゴヤの中で一番暑いのが苦手なのは空却なんじゃないかと思ったり……とはいえ東北住みの私からしたらナゴヤ民はみんな暑さに強いです。