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【D-1】ようこそ、甘味処天国亭へ

使用したお題(複数選択可)・・・アイス, あつい

いつもと文体、話の雰囲気などを・・・ほとんど変えていない

一言コメント・・・参加させていただきありがとうございます。当ててもらえるのか、そうでないのか、どんな結果になるのかとても楽しみです!

備考(作品の注意事項など)・・・なし


オフィス街のど真ん中。緑など、申し訳程度の街路樹しか存在しない。
だというのに、蝉の声がうるさい程に降り注ぐ。暑さを殊更に意識させるその音に、追い打ちを掛けるような焼け付く日射しが獄を襲う。わずかばかりの癒しのスペースを与えてくれるはずの街路樹の影も、正午に近い今の時間では、当てに出来ない。
「あっつい!あついっすよぉ。ひとやさぁん!」
獄の斜め後方からは、馬鹿の一つ覚えのように同じ単語を繰り返す十四の声が、ひっきりなしに聴こえてくる。めまいを覚えるほどの暑さと、己にはどうにも出来ない泣き言を延々と聞かされ、獄のイラつきも頂点に達する。
「……何度もしつけぇんだよ。んなこた、俺に言っても仕方ねぇだろうが」
「ひぇっ!そんな怒んないで下さいっす」
振り返って、地を這うような声と共に睨みつければ、黙っていれば美しい弧を描く眉が情けなく下がる。
普段はゴテゴテと暑苦しい、装飾過多な服装をしていることが多い十四も、流石に今日の暑さの中では、Tシャツとパンツのみのシンプルな格好だ。時間だと家を出ようとする獄の前で「まだ日焼け止め塗り終わって無いっす!」と騒いではいたが。
一応は外気温を考えた十四のことを褒めてやるべきか?チラリと頭を掠める。だがそもそも、そんなことは至極当たり前のことだった。自分も暑さに頭をやられているのかも知れない。
軽く頭を振り、獄は浮かんだ考えを彼方へと追い払う。
「書類受け取りに行くだけで、すぐ戻るっつったろ。それでもいいって、ついて来たのはお前だろうが」
「だって、せっかくのお休みなんですよ?ちょっとでも長く、獄さんと一緒に居たかったんですもん」
遠慮がちに袖を掴まれる。そう言われれば、悪い気はしない。実際、獄自身も今朝飛び込んできた用件に心の中で舌打ちをしたのだから。
「……それは、俺だって同じだが……。と、とにかく、さっさと帰ろうぜ。こう暑くちゃかなわんわ」
「はいっす!」
獄の反応に気を良くしたのか、十四はあっさりと元気を取り戻し、邪気のない笑顔で獄の隣に並ぶ。
「けど、あれっすねぇ、こんなに暑いと、冷たいもの食べたくなっちゃうっすねえ」
隣で歩いていた十四が、急に通りの先を見つめ言い出した。十四の視線を追いかければ、そこには生温いを通り越した最早熱風ではためく『氷』の文字。
「食ってくか?」
「うーん。かき氷は食べたいっすけど、早く帰りたいような気もするし……」
悩んじゃうっす、と足を止めて考える十四をその場で待つ。その間にも照り付ける太陽にじりじりと焼かれ、獄の首筋を汗が伝う。早く決めろ、そう声が出掛かった所で十四の声が上がった。
「そうだ!獄さん家でかき氷作りましょ!」
名案とばかりにぴょこんと小さく跳ね、氷を削る真似なのか十四は腕をぐるぐると回している。
「は?……ねぇけど家にそんなん。」
「買って帰れば大丈夫っすよ!氷はあるっすよね?そうと決まればお買い物っす!」
「お、おい!待て十四」
先程まで、あつい、あつい、と情けなく獄の後ろをよたよたと歩いていた十四は、返事も待たず、嘘のように足取り軽く歩き出した。
突然の提案に呆気に取られている獄を残して。


「……使い終わったら、お前これ持って帰れよ」
獄の目の前にはペンギンが一羽。そのつぶらな瞳に見つめられながら、獄は力なく十四に告げた。
改めて見なくても違和感が酷い。
可愛らしい水色のそれは、色味を抑えた落ち着いたトーンの自宅の中で、一際異彩を放っている。
―――十四の先導でたどり着いた売り場には、まさに、今が旬、とばかりに幾種類ものかき氷器が置いてあった。その値段もピンキリだ。どうせ金を出すのは自分なのだからと、売り場の中で一番値の張る商品を手に取る。そこで否やの声を唱えたのが十四だ。
「えぇ?自動っすかぁ?自分でやりたいっす」
「んなの面倒だろうが」
「夏って感じで良いじゃないっすか。きっと楽しいっすよ!ね?」
己より高い位置にあるはずの顔に上目遣いで強請られ「仕方ねぇな」と折れてしまった。自分は、つくづく十四に甘すぎる。そう自覚しているのに、今日もまたやってしまったと、内心で獄は溜息をついた―――
それがほんの三十分程前。そうして獄の自宅へとやって来たペンギンは今、頭を外されてご機嫌な十四に、ガラガラと氷を詰められている。
「あれ?うまく出来ないっすよ」
氷を削り始めた十四の右手は、くるくると空回りしたり、進んでは氷に引っかかって止まるということを繰り返す。
「ちょっと貸せ。こういうのはコツってもんがあるんだよ」
悪戦苦闘している十四を横に退かせ、獄はペンギンの頭上へと手を伸ばした。取っ手を手のひらで押さえ、軽く力を入れて回す。ガリガリ、とどこか懐かしい音を響かせてガラスの器へと削られた氷が降り積もる。
「わぁ。すごい!獄さん上手っすね」
「ガキの頃に良くやってたからな。昔取った杵柄ってやつか。子どもの力だと結構疲れんだよな、これ。だから、兄貴と交代で……」
目を輝かせて嬉しそうにペンギンの腹を覗き込む十四に、獄は思わず幼少期の思い出を口にする。珍しく口の軽い獄に十四はちょっとびっくりしたような顔をした後、にこりと笑った。
「……おら出来たぞ」
普段口にしないような思い出話と、嬉しそうな十四の様子に、俄かに居心地が悪くなり、獄はぶっきらぼうに器を押し付けた。


「冷たくて美味しいっすね」
「そうだな」
獄は赤。十四は緑。
それぞれ色鮮やかなシロップをかけ、氷の山を掬い取り口へと運ぶ。
自分達で削った氷は荒く、時折小さな塊が、ガリッ、と口の中で音を立てる。外で食べる、口当たりの良い柔らかい氷とは大違いだ。
だが、懐かしい香りと味。空調を効かせてなお、引ききらなかった熱が冷めていくのは心地が良い。
ようやく一息付けたと獄は息を吐く。
そいういえば、と以前聞きかじったを口にする。
「知ってるか?かき氷のシロップって着色料と香料が違うだけで本当は全部同じ味なんだとよ」
「へぇ!そうなんですか」
ぱちくりと目を瞬かせた十四は、再び氷を口へ運び「ちゃんとメロンの味するっすけど……不思議っすねぇ」と首を傾げる。幾度かスプーンを往復させていた十四が突然、舌を出した。
「ね、獄さん見て。色ついてる?」
べえっと見せられた舌は見事に緑に染まっている。何をガキみたいなことを、と呆れたはずなのに獄は十四の口元から目が離せない。
つい先刻まで暑くてうんざりしていたのに、急速に冷えた身体は今度は温もりを求めているらしい。
見つめる視線を勘違いしたのか「確かめて見ます?味」と差し出された器を無視して、獄は十四の口元へと噛み付いた。そのまま舌を滑り込ませれば、ひんやりとした粘膜が獄を迎える。鮮やかに染まった舌は味でもするのかと、絡ませ舐める。その間も手にした器の中身が零れないかと気にしているのか十四は固まったままだ。冷たい口腔内が温もりを取り戻す頃、獄は十四を解放した。
「冷てぇ。……味は良く分かんねぇな」
「え?……急になんっ……すか?」
「お前も確かめてみるか?」
獄が赤く染まっているだろう舌を、十四にむけて煽るように見せつければ、呆然としていた瞳が一気に熱を帯びる。
「……味見じゃ、すまないっすけど?」
「さっきも言ったが味はどれも同じらしいぞ」
「じゃあ、味見なんて必要ないっすね」
「なら止めとくか?」
「……やめるわけないっすよ。分かってるくせに」
言うと同時にテーブルがカタリ、硬質な音を立てた。自由になった十四の手がシャツの裾から忍び込み、獄の脇腹を柔らかく撫でさする。冷えた手のひらと、肌を直接くすぐられる感覚に獄の肌は粟立った。
「せっかく涼しくなったのに、また暑くなっちゃいますね……」
耳元で遠慮がちな、けれど熱の籠った吐息が吹き込まれる。
「また作って食えばいいだろ」
「ふふ。そうっすね」
互いに顔を見て密やかに笑い合う。顔をキッチンへと向けると、水色の塊が獄の視界に飛び込んだ。そうだ忘れちゃいけない。
「……あれ。早いとこ持ってけよ?あぁ、空却んとこで良いな。あそこなら使うだろ」
「はぁい」
素直な返事と共に、先程とは打って変わって熱い唇に獄は飲み込まれた。

結局、ペンギンはそのまま獄の自宅に居座り、毎年、夏の訪れと共にキッチンにその姿を現すこととなる。

 

作者・・・かぎた

いつもと変えたところ、意識したところなど(自由回答)・・・自分の作品に特徴なんてあるのかな?と、考える機会になり楽しかったです。文体を変えるのではなく、なるべく普段通りを意識して書いてみました。

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