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【A-1】小さなふたりと大きな気持ち

使用したお題(複数選択可)・・・あつい

いつもと文体、話の雰囲気などを・・・少し変えている

一言コメント・・・少し不思議なじゅしひとのお話です。楽しんでいただければ幸いです。

備考(作品の注意事項など)・・・なし

「ひ、獄さーん!ちょっと来てほしいっす!」
十四くんは冷凍室の引き出しを開けたまま、大きな声で叫びました。
獄さんがバッドアステンプルを組んでから新調したシルバーグレーの冷蔵庫は、一人暮らしにしては大きめの四五七リットル。冷凍室も広々で、に獄さんがお取り寄せしたお肉に冷凍食品、十四くんが買ってきたアイスクリーム……いろいろな食べ物が入っていても、まだまだ余裕があります。そんな空間で小さな生き物がふたり、十四くんをじぃっと見つめています。三頭身ほどのバランスで、見た目は人間に近いようです。十四くんがプレイするゲームの世界の住人と言われれば違和感がありません。
お風呂あがりに冷たいデザートを食べようとウキウキしていた十四くんは、非現実的な出来事に目をパチパチしましたが、冷凍パスタのパッケージを地面に立つふたりが消えることはありませんでした。
観念した十四くんはおそるおそる冷蔵室の中を眺めます。顔を引きつらせる十四くんへ向けられた視線からは少しも悪意や敵意は感じられません。それで十四くんはホッとしました。
小さなふたりの一方は黒い長髪に金色のメッシュ、もう一方は薄鈍色の髪をポンパドールとリーゼントにバッチリとセットしています。ふたりが着る紫のダウンジャケットはおそろいでしょうか。よく見ると、白い雷の同じマークがふたりの胸元に付いています。
「君たち、赤毛のお友達がいたりしないっすか?」
どこかで見たことがある風貌などという言葉では誤魔化しのきかないふたりに、十四くんは声をかけました。そうです、どう見ても十四くんと獄さんにそっくりなのです。背の高い子はピアスの位置も十四くんとまるで一緒です。
問われたふたりもコクリと頷きました。それから、十四くんに似た子が語りかけてきました。しかし声のボリュームが小さくて聞き取れません。そこで、十四くんはふたりを両手で包み込むように持ち上げると耳元へ運ぼうとしました。けれど、氷が溶けることのない室温の中でも顔色良好のふたりです。十四くんの手のひらに、ひんやりを通りこした痛みが襲うまでに時間はかかりませんでした。千の針が刺さるようで、十四くんはたまらずキッチンの作業台にふたりをそっと降ろしました。白い人工大理石の天板の上では冬仕様の格好も相まって、まるで雪面にいるようです。
「急に動かしちゃってごめんね。でも、これならお話がしっかり聞けるっすよ」
「十四、どうかしたか?」
膝を曲げてふたりと目線を合わせた十四くんが口を開くのと、獄さんがやって来たのは同時でした。
「そんな格好で何してんだ?」
獄さんの目には背中を丸めて屈んだ十四くんしか映らなかったのでしょう。十四くんの姿勢よりももっと不思議な存在などないように怪訝な声で尋ねました。
「獄さん、この子たち見てくださいよ!冷凍室にいたんすよ」
十四くんはジャーンと言いながら、両手をひらひらと動かして指し示します。
「いたって何が……ん、なんだこりゃ?」
眉間に皺を寄せながら十四の隣にやってきた獄さんは、十四の指先を見つめると目を丸くしました。
「細部までよくできてるな。俺と十四の人形か?」
中王区め、また俺らの許可なく奇妙なグッズを作りやがって……と呟きながら、獄さんは長髪の子の頬を人差し指で軽く突きました。すると、触れられた本人は頬を赤らめ嬉しそうに身をよじり、もうひとりはムッと眉を歪めます。
「うおっ!コイツら動くのか」
「というか、この子たちはモノじゃないっすよ」
驚く獄さんに対して十四くんはむくれながら口を開きました。自分に似た誰かに馴れ馴れしく手を出した獄さんがちょっぴり憎たらしく感じたのです。十四くんの気も知らず、へえと呑気に返す獄さんにため息が出ます。
「お前さんたちどこから来たんだ?」
尋ねる獄さんの声色は柔らかく、優しいものでした。アマンダにかける声と同じで、十四くんには向けられないものです。それが十四くんにはいっそう面白くなくて顔がフグのように膨れてしまいます。
十四くんが知っている獄さんは無闇に偉そうだったり、外面の良い弁護士だったり、格好つけたがりな悪ガキだったり、快楽に溺れてトロトロだったり……おや?よく考えると、自分だけが知っている獄さんも悪くないことに気づくと、十四くんの顔から力が抜けていきました。
「そんで、お前は何ニヤニヤしてんだよ」
十四くんの百面相を隣で見ていた獄さんは呆れ顔です。
「別に何でもないっす!」
あられもない獄さんの姿を思い出していたとは言えず、十四くんは笑って誤魔化します。さっきまで一緒にお風呂に入っていた獄さんは乾きたての前髪の向こうで納得できないふうに片眉を上げました。それでも追求しないのは、もっと気になることがあるからでしょう。
「で、お前さんたちは俺らの言葉がわかるのか?」
再び獄さんの意識は小さなヒトたちに向けられます。話しかけられたふたりは頷くと、口を開きました。やはり体が小さいせいか、獄さんと十四くんの耳に入ってくる声もかすかなものです。獄さんはしっかりと聞き取れるように片耳を天板に寄せました。十四くんも同じ仕草をしたため、顔が向かい合わせになります。それが獄さんにはちょっぴり気恥ずかしくもありましたが、そんなことよりも奇妙なふたり組です。
耳を澄ませると、十四くんによく似た高い声がたどたどしく説明をはじめました。
「自分たち家にいたんすけど、一時間くらい前っすかね、獄さんからすっごく熱烈に求められた気がしたんす」
「俺は十四に切実に呼ばれた気がした」
「それで、何だろうって思ったら自分たちはここにいたっす」
「正確にはこの家の、あんたらがよろしくやってる部屋、だったがな」
獄さんによく似たほうが腕を組んで、ニヤリと笑いました。獄さんと十四くんは思わず目を合わせてしまいます。謎の生物とはいえ、明らかな知的生命体に恋人同士の行為を見られていたのです。獄さんは燃えてしまうのではないかと思うほど顔が熱くなりました。十四くんも恥ずかしさは感じましたが、それよりも目の前の獄さんの反応がかわいくて仕方ありません。
「二人がラブラブなお部屋は自分たちにはちょっと暑すぎたんで」
「快適なとこに避難したってわけだ」
恋人たちの微笑ましい無言の反応は無視して、小さなふたりは説明を続けます。
「いつもあそこで涼んでると、元の場所に戻れるんすよ」
そんな小さな体で部屋のドアや冷蔵庫の引き出しをどうやって開閉したのか。それよりも、『いつも』とは何事か。これまでも彼らの出現があったのか。何度もセックスを見られていたのか。
そんな疑問が浮かびそうなものですが、突っ込むだけ野暮というもの。だって小さな彼らがやって来る仕組みは誰にもわからないのです。十四くんと獄さんは自分たちの知らないところで起きていた出来事の数々に青くなったり赤くなったりすることしかできません。
「ま、お互いがそれだけ強く思ってんのも悪いことじゃねえだろ」
二人の様子に獄さんによく似た小さなヒトが笑います。
「それに、二人が仲良くしてると自分たちも嬉しい気持ちになるっす」
隣に佇む十四くんに似た子もニコニコとしています。獄さんと十四くんは何も返せません。ただ、お風呂上がりにアイスを食べさせ合いながらもう少しイチャイチャできないかなあと考えていた十四くんは、今日のところは我慢することに決めました。
「さて、そろそろ俺らは涼しい小部屋に移って一息つきたいんだが」
小さなふたりの額をよく見ると、汗が玉になっています。普段、よほど気温の低いところで暮らしているのでしょう。十四くんと獄さんは慌ててふたりを冷凍室に戻してあげました。
「君たちの存在を知れて嬉しかったっす」
「俺らもまさか見つかる日が来るとは思わなかったよ」
「どうやって帰るのかは知らねえが、気をつけろよ」
「そっちも身体をいっぱい使ったと思うんで、ゆっくり休んでくださいっす」
やはり相手の声は聞き取りにくいものの別れを告げます。普段、冷蔵庫に向かって手を振ることはありませんから、獄さんも十四くんも不思議な気持ちでした。獄さんは密かに、揃って幻覚でも見ているんじゃないかと疑ったくらいです。
けれど、決して夢でも幻でもありません。
この日以来、十四くんは逢瀬の夜に一口サイズのアイス——小さな彼らにとっては大きなアイスを、冷凍庫に忍ばせるようになりました。すると時折、翌日にはなくなっています。そのたびに十四くんは声を弾ませて言いうのです。
「獄さん、昨日あの子たち来てたみたいっす!」
獄さんはこの言葉を聞くたびに熱い夜を過ごした証を見せつけられたようで、耳を赤くしてそっけなくモゴモゴとします。十四くんは獄さんの態度を見るたびに、口元と気持ちがムズムズと上を向きます。だからつい、報告してしまうのは誰にも秘密です。

作者・・・mo-mo

いつもと変えたところ、意識したところなど(自由回答)・・・普段はやや理屈っぽい話の展開をしていますが、今回はそういうの全部放り投げました。

今回の作品のお気に入りポイント(自由回答)・・・地の文が可愛く書けたんじゃないかな、と思います!

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